【番外編】新書『ブルシット・ジョブの謎 クソどうでもいい仕事はなぜ増えるか』を読みました

Startup Start Up People  - StartupStockPhotos / Pixabay 日本語の本
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*今回は英語とは無関係の記事です。日本語で新書を読んだ感想と意見表明となっています。

 数えきれないほどの洋書をこれまで読んできましたが、実は日本語の本もここ数年は積極的に読むことにしています。その場合にはフィクションを読むことの方が多いですが、時には新書などのノンフィクション本も手に取ることにしています。

 今回言及するのは『ブルシット・ジョブの謎 クソどうでもいい仕事はなぜ増えるか』という新書です。本書はかなり話題になった『ブルシット・ジョブ』という本の翻訳者の1人が、その内容をかみ砕いて説明したような本となっています。

元になっているのはこちらの洋書とその翻訳版です↓

 ブルシット・ジョブの定義や詳細な解説等はここでは省略します。私が書くまでもなく、多くの人が何らかの媒体で発信しているはずです。(簡潔な説明はwikipediaにも載っています。『ブルシット・ジョブ』

 ここでは今回取り上げる新書の方を読んで感じたことを2点記すことにしました。 本書を読んでいない方には分かりにくいところもあるかもしれませんが、言いたいことそのものは日常的な話なのでなんとなく伝わるかと思います。

偽の需要のシャワーを自ら浴びる人々 ~広告産業と需要の捏造、現状について~

 本書では映像制作会社で働く男性が、自らの仕事をブルシットだと感じているという事例が挙げられています。多くの産業で供給が需要を大いに上回っているにも関わらず、自分の仕事は偽の需要を作り出して効能を誇張した商品を宣伝することだと彼は感じています。元々視聴者が欲しいと思っていなかったものを欲しいと思わせることが広告の性質の1つであることは確かですが、彼はその事実に嫌気がさしていたのです。

 YouTubeの広告で、視聴者の劣等感を露骨に煽るようなものが問題視されたことがありました。ネットのニュースで話題になっていたことを覚えている人もいらっしゃるはずです。『視聴者の劣等感を露骨に煽るような』広告がいまいちピンとこない方にはこのようなものをイメージしていただければ分かりやすいでしょう。

 痩せる(という名目の)サプリの宣伝で、『あたしデブだからみんなにバカにされてるの! 彼氏にはフラれて友達もいなくなっちゃった。(視聴者も太っているとこんな目に遭うという恐怖感を植え付ける映像が流れます)でもこのサプリを飲んだらスリムになってモデルデビューしちゃいました✨ おまけにイケメン社長にも告白されていいことばっかり。あなたも早く注文して!』

 ……という感じの広告ですね。最近では問題視されたせいか以前よりは出会う頻度は減りましたが、なかなか不快なものです。多くの視聴者を不快にさせているので、広告としても失敗だと思います。しかし元の目的は偽の需要を作り出して、効能を誇張した商品への購買意欲を生み出すことだったと考えられます。先ほどの例ほど酷くはないとしても、効能が誇張された広告や偽の需要を喚起するような広告に出会うことは日常的にいくらでもあると思います

 しかし私が問題視しているのは、広告産業抜きに人々が偽の需要のシャワーを浴びているということなのです。

 私もTwitterを始めとした各種SNSを利用していますが、そこでは生々しいほどに一個人の生活レベルを目にすることができます。このあたりの話は私が言及するまでもなく、すでにいろいろなところで言われているでしょう。それでも、SNSを利用する若者当事者としても同様に感じているということを改めて記しておきたいのです。

 芸能人をフォローすれば、彼らのピカピカの外車やブランド品に覆われた今日のコーデを簡単に目にすることができます。芸能人は本来テレビの向こうの見知らぬ人ですが、生活感の分かるSNSでは違ったように感じる人もいるかもしれません。ある人は、自分も彼らと同じブランドものを身に着けたいと投稿を目にしたことをきっかけに思うようになるでしょう。ただしこれは人によっては「でもあの人は芸能人だから」と割り切るためにそこまで偽の需要で満たされないかもしれません。

 それよりも、身近な人のSNSの方がそういった意味では影響力が強いのではないかと個人的に思います。たとえばInstagramで友達の投稿を見て自分も同じような生活がしたいと感じるかもしれません。私のフォローしている人であれば、豪華なアフタヌーンティー(おそらく軽く5000円以上はする)、夜景の綺麗なホテルでの宿泊風景、プレゼントでもらった有名ブランドのアクセサリーなどそういった投稿が日々流れてきます。もちろん彼女たちも一年中そういった生活をしているわけではないと思います。(一応書いておくと、自分のSNSもその類です。人に見せられるところしか投稿しないので、美味しいレストランの食事や旅行時の観光風景、綺麗なイルミネーションの画像などで溢れています)しかしそうした投稿を絶えず目にしていると、周りの誰もが常に自分よりも裕福で幸せな生活をおくっているように感じてしまうこともあるはずです。

 こうなってくると、もはや広告産業がわざわざ需要を喚起するまでもありません。人は自ら好んでより良い生活を求めるようになっていくからです。誰に強制されたわけでもなく、日々こうした偽の需要にさらされていくわけです。キラキラした生活を目の当たりにするといえばInstagramの印象が強いでしょうが、それは他のSNSでも似たようなことが言えると思います。これもまた自分の経験ではありますが、大学の同期と繋がっているようなSNSでは無意識か意図的にか分かりませんがマウントの取り合いが盛んです。彼らのほとんどは卒業後に外資あるいは日系の有名企業に就職しています。皆それなりに仕事のストレスは抱えていそうではありますが、一応待遇は世間一般からすればそれなりに良いのだと思います。そうした彼らの発言は(たとえ自分がそうした企業に所属していても)、どこか眩しく見えることもあります。そうして突き付けられた自分との生活レベルの差は、劣等感を徐々に植え付けていきます。SNSのない時代であれば他人の生活感はそこまで鮮明に見えなかったはずなわけですが。そこでちょうどいい具合に、人材会社か何かの広告が出てくるんですよね。『転職して年収を上げませんか?』みたいなやつですね。本当によく出来ていると思います。

 こうした悪影響を自覚しながらもSNSを使い続けている私もどうかと思いますが、広告産業抜きにしても自ら欲望を植え付けられるような行為を人々がしていることはあまり健全ではないですよね。

常識としての労働に反旗を翻す人々

 人生の大半を会社に捧げてフルタイムで定年まで(もしくはそれを超えて)働く、といったかつての常識に異を唱える人は年々増えているように思います。私はいわゆるZ世代の若者とされる人間ですが、周りを見てもそういった労働への常識を受け入れがたいと考えている人が多いように感じています。

 本書では意味のない労働でもやりがいを感じているようにふるまわなくてはならない、と感じている人が多いように記述されていました。しかし少なくとも最近の流れで言えば必ずしもそうではなく、不満を口にすることも、自ら新天地を求めていくことも決して珍しいことではないように思うのです。そう考えた時に頭に思い浮かぶことが3つあります。それはFIREの注目、副業解禁への要望、週休3日制を望む声といったことです。

FIREの注目……近年話題となっていますね。FIREはFinancial Independence, Retire Earlyの頭文字です。十分に貯蓄したうえで早期退職し、投資の運用で生活していくようなイメージです。特に若い人々の間で注目を浴びていますが、彼らの多くはただ毎日遊んで暮らしたいという理由で望んでいるわけではありません。生活費のためだけに会社に身も心も捧げた生活から解放されたいというのが主な理由であるように思います。この根底の理由は近年今まで以上にフリーランスという形態が注目されていることにも通じているかもしれません。若者の「FIREを目指したい」「独立したい」といった宣言・願望は常識としての労働へ異議を唱える行為であるとも言えるでしょう

副業解禁への要望……「副業」という言葉を耳にする頻度はコロナ禍で確実に増えたと思います。現実的には従業員の副業に消極的な企業も多いですが、その一方で副業をしたいと考えている従業員は決して少なくありません。アンケートの母数が少ないことは気になりますが、つい最近のアンケート結果では(https://www.excite.co.jp/news/article/Cobs_2363427/)20代の約9割が副業を好意的に捉えているようです。これもやはり、一社に全てを捧げて(時には自分のやりたい分野に関わることは我慢する)働くといった常識が通用しなくなっていることの証であるように思います

 ただし、ここで少し暗澹とした気持ちになってしまうのが若手の副業希望の理由の最多が収入面であることです。もちろん収入は多いに越したことはないですが、副業を望む若手の多くはおそらく高価なものを買うためではなく生活費の補填を考えていると思われます。

 私自身は副業解禁には賛成の立場ですし、将来的には副業あるいは兼業を行うことを考えています。それでも収入不足を補うための副業はあまり健全ではないと思ってしまいます。定期的に若手の手取りの少なさは話題になりますし、大手であっても最初の数年はなかなか苦しいこともよく知っています。なので収入を上げたいということ自体は本当によく分かるのですが、冷静に考えてみたら怖くなりませんか? フルタイムで働いて(家族を養っているわけでもなく、これといった贅沢もしないのに)生活費にも苦労するなんてどうかしているとしか思えません。これは果たして健康で文化的な最低限度の生活を送っていると言えるのでしょうか……。

 そして副業もやはり、そう簡単に稼げるものではないと思います。副業といえば簡単にお金が手に入るイメージを抱いている人もなぜか一定数いるようですが、そんな甘いはずもありません。たとえばブログ運営だってなんの努力もなくたくさんのお金が入ってくるわけでもないし、成功しているように見える一握りの人だって、そこに至るまでに時間もお金も相当かけて行動していたはずです。

 そういうことを考えずに副業を始めると「10時間かけたのに100円にしかならなかった」みたいなことになりかねません。それを避けるために「それなら時間を売ってお金に変えよう(=これなら確実に1時間で1000円はもらえる等の発想)」ということにもなるかもしれません。結局労働時間はさらに増えるわけです。しかしこれは本人が良ければもちろん自由です。最悪なのは、企業側が「十分な賃金出せないけど副業解禁したからそっちで勝手に稼いでよ」となるケースです。副業には賛成ですが、そういう考え方が当たり前の世の中にはなってほしくないなというのが正直なところです。

 なんだかだいぶ本筋から外れてしまったような気がしますが、3点目に移ります。

週休3日制を望む声……近年は週休3日制を希望する人が増えています。これもまたアンケートの母数が少なめではありますが、若手を中心にワークライフバランスの増加を主な理由として週休3日制を好意的に捉えていることが分かります。(https://dime.jp/genre/1313677/)これもまたやはり、週5日(+残業)が当然という価値観を受け入れがたいと考えている人が増加していると言えるでしょう。私自身も週休3日制には賛成の立場です。

 ただしここでも先ほどの副業解禁の話と同様、懸念すべき点があるように感じています。この週休3日制に関しても、場合によっては危うい要素も秘めていると思うのです。というのも、従業員の多くは余暇の増加を望んで週休3日制を歓迎していたとしても、企業の方は違った意図で週休3日制を導入することもあり得るからです。

 ここで思い出すのが、週休3日制を導入したベンチャー企業の記事です。そこでは週休3日であることをを利用して、他社で兼業して自己の能力向上に努める女性のインタビューが載っていました。他にも、兼業することで本業にも相乗効果をもたらしている社員の例がいくつか載っていました。また、社長か何かの『ただ休みを増やして楽したいと思っちゃダメなんだよ。フリーライドするな』といった発言も載っていました。もちろんやりがいを感じて兼業している人々はすごいと思いますし、個人的には賛成できませんが、その社長が楽したいと思う人間を否定するような考えを持つのもただの民間企業ですので勝手なことなのでしょう。

 しかし、「週休3日にするからには何か有意義(本業にも後に相乗効果をもたらすことなど)なことをすべきである」という考えは普及してほしくないと思っています。兼業や副業のために週休3日を希望する労働者もいますが、それが全てではありません。建前はともかく、本音としてはただ遊びのために休日が増えたら嬉しいとか、仕事のことは考えずに家族と過ごす時間を増やしたいと感じている人も多いと思います。週休が増えるからには有意義に使えという考えが一般的になってしまうと、それは労働者にとっては『休み』とは言えない何かになり果ててしまいます。せっかく週休3日を労働者が希望して声をあげても、これでは本末転倒ではと感じています。

 ここまで語ってきた3点のうち、副業と週休3日については真に労働者の利益となるかどうかに懸念の余地はありますが、いずれにしても従来の労働観に人々が疑問を持ち始めていることに関しては確かなのではないでしょうか

 本書は読んでいて他にもいろいろと考えたことはあったのですが、長くなってきたのでとりあえずこのあたりで終わりにすることにします。

 本書は何の役にも立たないと自覚する仕事に従事する人々の話がメインではありますが、いわゆるエッセンシャルワーカーとしての勤務経験のある人間が読んでも考えさせられる1冊でした。興味のある方にはぜひ読んでいただければと思います

                                 【番外編おわり】

このブログでは過去に日本語の本について感想等言及しています↓

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