私はこれまで数え切れないほどの英語の本を読んできました。短い絵本も含めれば数千冊になりますし、語数に換算すると1224万words以上の読書量になります。
私の中にはどうしても心から離れない1冊があります。それが今回タイトルに書いた本、”Aristotle and Dante Discover the Secrets of the Universe”です。
私がこの本に出会ったのは、大学1年の時でした。紀伊国屋書店の洋書コーナーで、綺麗な表紙が目に入りました。上のリンクの写真でその意味が皆さんにも伝わるでしょうか? 表紙に惹かれて購入したのですが、読み始めるとあっという間に世界に呑み込まれていきました。感情を揺さぶられ、途中には思わず涙を流し、最後のページを読み終えた時には放心状態でした。本を閉じることがあまりにも惜しく感じられたものです。読み終えてすぐに感じたことは、この思いを誰かに伝えなくてはならないということでした。
ところが日本語に訳されておらず、感想を共有できる人はほとんどいませんでした。もちろん英語が得意な人には原作を勧めて読んでもらったりはしていたのですが、それにしても限度があります。こんなに素敵な作品が日本語に訳されないなんてことがあっていいのだろうか?と私は数年間考え続けていました。その間には何度読み返したことか分かりません。(結末を知ってから読み直すのもまた素晴らしいものです)
出会ったのは大学1年の頃でしたが、社会人になってからも本書の存在は頭から離れませんでした。そして相変わらず日本語訳が発売される気配はなさそうでした。日本語で読めたらもっとたくさんの人がこの作品に触れることができるのに……と思うととても残念な気持ちでいっぱいになりました。
気が付けば私は、この作品の翻訳に着手していました。それなりに厚いペーパーバック本だったので、全てを訳し終わることなんてあるのだろうか?と思っていました。もちろん大変でしたが、思ったよりは早く全ページを訳し終えてしまいました。
全ページを翻訳したからといって、それを勝手に公開することはもちろんできません。しかし私がここで言いたいのは、誰にも見せることができないにもかかわらず全ページ翻訳してしまうほどの衝動を私に植え付けたほどに、この作品が素晴らしかったということなのです。それにしても誰にも公開できないことが惜しくてたまりません。客観的な評価を求めることはできませんが、試訳は改善の余地はあれど日本語として読めるものにはなっていると思います。(翻訳は未経験で勉強中ですが、小説投稿の某サイトでは10回以上ランキング入りしています。方向性が違うので指標として機能するかどうかは別ですが……)
ちなみに今回のブログは、以前Twitterで言及していたこの話です↓(当時は1153万語と書いていますが、現在は1224万語以上に増えています)
洋書をすでに150冊も紹介してきたので、そろそろ言及してみようかなというところです✨
さて、ここまで読んでくださった方は、そこまで書くなんていったいどんな作品なの?と疑問に思ってくださっているかもしれません。
それでは、ここまで熱く語ってきた”Aristotle and Dante Discover the Secrets of the Universe”について、詳しく紹介していこうと思います✨
紹介する項目としては、【タイトル】【作者】【ネタバレを含んだあらすじ】【本書の外国での評価】【日本での受容の可能性】【私が考える本書の魅力】となっています。
【タイトル】
Aristotle and Dante Discover the Secrets of the Universe 『宇宙の謎を解く2人』(邦題仮)
(ISBN: 978-1442408937 /2012年初版発売。 全368ページ、日本語試訳約17.4万字)
(続編である”Aristotle and Dante Dive Into the Waters of the World”は2021年に発売)
【作者】
Benjamin Alire Sáenz:1954年ニューメキシコ生まれ。詩や小説、児童書を発表。2009年のティーン向け小説 “He Forgot to Say Goodbye”はTomás Rivera Mexican American Children’s Book Award, Southwest Book Award等を受賞。
【ネタバレを含んだあらすじ】
*このあらすじは結末のネタバレを大いに含みます! これから本作品を読むつもりの方は気を付けてください!
ネタバレを気にしない方はどうぞ↓
舞台は1980年代後半のテキサス州エルパソ。毎日を退屈に過ごしていた15歳のアリは記念公園のプールで偶然ダンテに出会う。アリは自分とは全く違うタイプのダンテに惹かれ親交を深めていった。ある日アリは怪我した鳥を助けようとして車に轢かれそうになったダンテを庇って重傷を負ってしまう。アリは反射的に行動しただけだと主張するが、ダンテは罪悪感を抱き続けていた。それからしばらくして、ダンテはアリを好きだと告げる。アリは想いには応えなかったが、2人はその後も友達として仲良く過ごした。ダンテは家族の都合で1年近くシカゴに引っ越すことになったが、その間も2人は手紙と電話でやり取りしていた。アリは家族の中でいないものとして扱われる刑務所の兄のことをよく1人で考えていたが、唯一ダンテだけには正直な思いを語っていた。ダンテの手紙の中には、自分が同性愛者であることを伝えたら両親は失望するのではないかといった不安についても書かれていた。次の夏、アリはシカゴから戻ってきたダンテと再会する。2人は約束を交わす。ダンテにとっての約束はアリにキスしようとしないこと、アリにとっての約束はダンテから逃げようとしないことだった。ある日ダンテは男子とのキスに興味はないというアリに自分と試しにしてみないかと提案する。アリは渋々提案に応じたが、好きじゃなかったと答えた。路上で男子とキスしているのを見られたダンテは男子4人に暴行を受け、酷い怪我で入院していた。それを知ったアリは怒りに任せて実行犯に暴力をふるってしまう。その後アリの母親はようやく刑務所の兄のことを話した。戦争から帰還後、常に無口で内向的だった父親はようやくベトナム戦争の辛い記憶を語った。そして両親はアリにダンテへの本当の気持ちを認めるようにと言った。アリは同性のダンテへの愛情を認めたくないだけなのだと2人は言う。アリはダンテに会い、以前キスを試した時に言ったことは嘘だったと伝えた。2人は再びキスをした。そしてアリは、会った時から好きになっていたのに、自分はそれをずっと認めてこなかったのだと理解した。
【本書の外国での評価】
2012年に発売以来、数多くの賞を受賞し、読者からも高い評価を得ている。
・A Printz Honor Book (2013), Stonewall Book Award (2013), Pura Belpré Award (2013), Lambda Literary Award (2013), A School Library Journal Best Book of the Year, A Kirkus Reviews Best Teen Book of the Year
・97%のGoogleユーザーによる高評価
・Amazonカスタマーレビュー7739件(2022.6.6現在)では星4.7を獲得
【日本での受容の可能性】
近年の日本におけるLGBTを扱ったフィクションの受容素地の形成
・登場人物のセクシュアリティが大きく扱われる本書が受賞したStonewall Book Award, Lambda Literary AwardはともにLGBT関連の賞であり当時は日本におけるLGBTという言葉の認知後は低く、2015年時点においても37.6%であったが、2020年では80.1%と大幅に上昇している。(https://www.dentsu.co.jp/news/release/2021/0408-010364.html)
・2010年代後半にはCall Me by Your Name(2017年公開)やおっさんずラブ(2018年公開)といった同性愛が描かれる作品が話題となるなど国内でもLGBTを扱った作品の存在感が強まっている。
【私が考える本書の魅力】
新鮮で美しい描写は1980年代のエルパソの空気となって読者を包み込む。アリの揺れ動く心情は誰もが経験するティーン特有の強さと脆さの思い出を蘇らせる。ダンテへの想いから目を背け続けていたアリは終盤に至るまで信頼できない語り手で、読者は等身大の彼の語りにまんまと騙される。しかしそれが同性への恋愛感情ではなかったとしても、自分の気持ちに素直になれないもどかしさには多くの読み手が共感するはずだ。対極の存在として描かれる2人が夏のプールで出会い親交を深め、互いに影響を与え合う過程は宇宙の神秘にも似ている。本を閉じればこの美しさを誰かに伝えなくてはと思うことだろう。
ここまで長々と書いてきましたが、本書の魅力が少しでも伝わっているとこのうえなく嬉しいです✨
冒頭にも書いた通り、私はこれまで数え切れないほどの洋書を読んできました。その中には没頭して読み終えた後も余韻に浸ってしまうようなものがたくさんありました。そういった本の中にはもちろん日本語に訳されているものもありますが、未訳で今後も訳される雰囲気のなさそうな本が数多くありました。私はその現実に直面するたびに残念でたまらない気持ちになっていました。もっと多くの人が読んでくれればいいのにと何度も思っていました。
とはいえ勝手に翻訳して公開するわけにはいきませんから、私なりに考えた1つの答えとしては、洋書を読むのが好きな日本語ネイティブに向けておすすめの洋書の情報をブログ・SNSで発信してみるということでした。
これまで本ブログでは絵本や英語学習者向けのシリーズを含めた150冊の洋書を紹介してきました。ありがたいことに、私のTwitterやブログがきっかけで本を読んでみたと言っていただけることもあります。ブログの活動は今後も続けていくつもりですが、自分で訳したいという気持ちもあるので現在は翻訳を少しずつ勉強しているところです。
この先どうなるかは分かりませんが、少なくとも私に仕事としての翻訳を目指したいと思わせた一番のきっかけは今回紹介した”Aristotle and Dante Discover the Secrets of the Universe“が日本語未訳であったことです。
タイトルに【TIMEの選ぶYA向け書籍ベスト100にも選出】とも書きましたが、本書はTIMEの選ぶYA向け書籍のベスト100として、数々の古典的な有名文学作品(『ライ麦畑でつかまえて』『若草物語』など)の並ぶラインナップの中で取り上げられているほどなのです。
(詳しくはこちら https://time.com/collection/100-best-ya-books/ )
日本語で17.4万字に及ぶ量を自分用に訳してしまうほどに個人的に好きな作品ですが、世界的にも評価されています。私は日本でも人気が出ると信じています✨
私としては全ページ試訳していますので出版させていただければこのうえなく嬉しいのですが、そうはいってもなかなか難しいと思います。なのでまずは、この記事を読んでいただいた方には英語版をぜひ読んで魅力を味わっていただけたら幸いです!
コメント
“Aristotle and Dante Discover the Secrets of the Universe”日本語翻訳発売されていないのが本当に不思議ですね。この秋、米国で公開される話題の映画のひとつとして、TIME誌で紹介されていたので、トレーラーを視たところ面白そうだったので、原作が読みたいと思い、ウェブで検索しているうちにこちらのサイトにたどりつきました。アマゾンの試し読みで原作を少し読んでみましたが平易な英語なので読んでみようかと思います。しかし、全て翻訳されたとは驚きです。出版社に売り込んではいかがでしょうか?
コメントありがとうございました。TIME誌で紹介されていたんですね! 長年大好きな本で、こんなにも素晴らしい本がどうして翻訳されないのだろうとずっと疑問に思っていました。ブログでは特に追記するつもりはなかったのですが、実を言うとダメ元だろうと本当はどうにかしたかったのです。全ての翻訳を終えた後に、少し自分なりにこの件でいろいろと行動したりもしてみたのですがうまく叶いませんでした。これだけの時間が経てばもう今後訳が出ることはないだろうと気持ちに折り合いをつけたかったのですが、どうやらつい最近日本語訳が出たようですね……。ただ、原作はとても読みやすく、原作だからこそ味わえる第一印象もあると思います。ぜひ試し読み以降の原作を読んでみることをおすすめしたいです✨
日本語翻訳が出版されていたとは知りませんでした。英語日本語両方読んでみたいと思います。